2014/04/02
4月2日
昨晩は遅くまで飲んでいたので早起きは辛い。午前中は機張へ。アリョンさんの教える市役所の日本語クラスへお邪魔する。アリョンさんは朝五時に起きてサムスンで日本語を教えて、それから機張で教えて、そして我々のリハーサルに参加するのだそう。機張は原発の街で、いわゆる原子力マネーでインフラが整備されている。アリョンさんの日本語講座も原発のおかげで安く受講できるのだとか。教室に入るなり向かい合わせで四角に並べた事務机に、15人ほどの受講生、年齢はバラバラで年配の方が多い。それぞれの前に日本語のニックネームを書いた紙パネルが置かれているのを見て、創氏改名を思い起こしてドキッとする。皆日本語はほとんど話せない。一時間以上かけて自己紹介を終え、六月の作品の取材で日本に関する噂があれば教えてほしい、いい噂も悪い噂も聞きたい、と伝えると、年配層から日本でもニュースで聞くような、歴史教科書、ヘイトデモ、慰安婦、靖国参拝、次から次へと厳しい質問が投げかけられる。教室ではアリョンさんが、時間がないから、という理由で訳さなかったのだが、後で訳してもらってその場で話すべき事柄だったと反省する。皆それなりに裕福な暮らしをしていて、年配でも日本語を習おうというくらいだから、韓国でも割とリベラルな層なのだろう、それでもこれだけの厳しい視線を日本に向けている。水産会社社長、貴金属業、不動産業、主婦。一番無口そうなお父さん、自分の自己紹介の順番を飛ばそうとして、トイレに行って帰ってきたらちょうど順番が回って来たその人は、20年間軍隊にいてベトナムで戦線に立ったこともあるのだそう。日本にどういう印象を持っていたか、と聞いたら、当時は北朝鮮との緊張関係が続いていて、日本のことなんて気にしたことはなかったと。厳格なクリスチャンの女性、日本はキムチ(韓国語の発音だとkimuchiではなくkimchi)という名前で、韓国の文化を日本の文化としてユネスコに登録しようとしている、一体どういうことだと。旦那さんが歴史文化を研究している大学教授で、彼女は歴史問題に敏感なのだそう。キムチに関するそんな話は聞いたことがない。自己紹介に時間を取られてしまったせいで、後半は韓国語の応酬をアリョンさんがひたすらメモしていくのが精一杯で、僕はあまり話すことはできなかった。この講座にはまた顔を出すことを約束して、受講生と昼食を食べに行く。食事に来たのは主婦層を中心とする自分とあまり変わらない年齢のメンバーだったので和やかな場になる。食事の最後に水産会社社長が手品を見せ始め、首に巻いたロープを通り抜けたり、ハンカチから花を出すのを見ていて、何だかよくわからないところに来てしまったな、と思っていた。参鶏湯を食べ、アリョンさんと僕は当たり前のようにご馳走してもらい、解散。クリスチャンの女性が近所に自分の教会がある、というので見せてもらいにいく。今日の受講生の中では一番厳しい意見をぶつけて来た彼女は、少し機嫌を良くしたようだった。教会のパンフレットの最初の文章には、1938年の日本占領軍の弾圧に屈することなく云々、と書いてあった。LIGでリハーサルの前に、講座の最後にあった韓国語の応酬をアリョンさんに訳してもらい頭を抱えた。NAVERで検索するとすぐに、キムチの噂はデマであることが分かった。と同時に、この一手間への距離はとても遠いもののように感じられたし、真実が分かったところで怒りは治めることができるのかどうかも疑わしい、というのは、怒った体を文字情報だけで弛めることはできないからだ。この体を考えることから、ダンスに関係する作品に出来るかもしれない。人は怒っていたいのかもしれないし、怒っている体にも快があるのかもしれない。ならばそれを治める必要はない、怒った体と付き合えばいい。夜は福岡からやって来た横山さん、猪俣さんと食事がてら打ち合わせ。初めて入る店だったが、指差し単語帳の成果で簡単なやり取りならば韓国語で出来るようになっているのが嬉しい。